

社員インタビュー vol.2
人が育つ育成の仕組みと、キャリアの描き方
人が育つ育成の仕組みと、キャリアの描き方
20代での転職が当たり前になった今日だが、若者たちは先の見えない社会の中でみずからのキャリア安全性に不安を抱えている。その不安を払拭し、成長実感の獲得とキャリア形成を支援することは、企業のみならず、構造的な人手不足が深刻化する日本全体の課題でもある。同世代であり、ほぼ同じタイミングでキャリアチェンジを経験したKPMGコンサルティングの川口宗沸氏と、ベストセラー『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』の著者としても知られるリクルートワークス研究所の古屋星斗氏が、自律的なキャリアデザインのあり方について語り合った。
お2人のキャリアについて簡単にご紹介ください。
いまは、リクルートワークス研究所で労働市場と若手人材の育成を中心とした研究活動をしています。その前は経済産業省におりまして、産業人材育成、官民ファンドの創設、福島の復興支援、成長戦略の策定などに携わりました。
私が社会人になったのが2012年で、古屋さんの1年後です。SIer(システムインテグレーター)でSE(システムエンジニア)として、主にサーバーやネットワークなどITのインフラ領域で、提案から設計、構築、運用まで担当しました。小学生の頃から社会人まで、ずっと関西で過ごしたのですが、KPMGコンサルティングに転職したのを機に、関東に引っ越しました。
川口さんが転職を決断された理由は何ですか。
幅広い経験や知識を身につけたいと思ったのが、一番大きい理由です。たとえば、前職ですとお客様に提案できる製品には一定の制約があったのですが、コンサルタントなら中立的な立場からお客様にとって最適なものを提案できます。
また、特定のシステムを導入する前の段階、つまりビジネスで何を実現したいのか、そのためにどのようなシステムが必要で、いまはどこに投資すべきなのかといった戦略構想フェーズから関わることができますので、結果的にお客様にとってより価値のあるIT環境をご提案できます。
実際にそういう仕事に携わり、望んでいた経験や知識を身につけることができたので、思い切って転職してよかったと思っています。背中を押してくれた妻やサポートしてくれた家族には、本当に感謝しています。
ご自分の家庭を持たれていて、転職によって生活の環境やリズムが変わる場合は、家族のサポートが本当に重要ですよね。『ライフシフト』の著者、リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール教授)が、人生100年時代には金銭的な資産だけでなく、家族や友人関係などの無形資産が重要だと言っていますが、キャリア形成において無形資産の重要性はますます高まっていると思います。
関係資産は重要な無形資産の一つですが、これは短期で築けるものではありません。ですから、自分の人生で大切にしていることや、どのようなキャリアを歩みたいのかについて、周りの人たちと日頃から意思疎通を図っておくことがとても大事です。
川口さんが、転職によって新たに得られた関係資産はありますか。
クライアントとの関係を含めていろいろありますが、私にとって一番大きかったのは、頼れる師匠との関係です。
川口さんの師匠って、どういう人ですか。
私と同年代の人ですが、入社当時からずっとお世話になっていて、コンサルタントとしてのいろはから教えてもらいました。
コンサルティング会社は、人間関係がドライなイメージがあります。
他社についてはよく把握していませんが、KPMGコンサルティングは一つのプロジェクトが終わっても、メンバー間のインフォーマルな関係が続くことが多いですね。私の場合、いざという時に相談できる師匠がいることが精神的な安心材料になっています。
古屋さんは著書の中で、ロールモデルを見つけることが難しい時代だとおっしゃっていますね。
終身雇用・年功序列の日本型メンバーシップ雇用が機能しなくなり、20代で半数以上が転職する時代です。副業・兼業も珍しいことではなくなりました。単線型キャリアの時代ではなく、多様性が高まったのでロールモデルを見つけようとしても難しいのです。
私は大阪商工会議所の若手社員キャリアデザイン塾の塾長をしているのですが、大手から中小企業まで約50人の若手社員に「会社の中にロールモデルになる人はいますか」と尋ねたら、手を挙げたのは3人だけでした。
私には研究者として私淑している師匠が3人います。私が勝手に弟子を自任しているだけで、相手がどう思っているかはわかりませんが、時に叱られながらも、いろいろと相談に乗ってもらっています。ロールモデルが自動的に見つかる時代ではないので、若手は自分から積極的に動く必要があります。
仕事からプライベートまで完全に私淑する必要はないわけですから、仕事ならこの人、子育てではこの人、趣味はこの人といったように、自分が進みたいと思っている方向の一歩先を行っている人を師匠にすればいいと思います。
おっしゃる通り、全人格的にその人をロールモデルにする必要はないんです。いまはSNSで複数のアカウントを持ち、アカウントごとに投稿内容を変えたり、自分のキャラクターを使い分けたりする人がいます。場面ごとに“仮面”をかぶるのは不誠実だと捉える人がいるかもしれませんが、私の研究から複数のキャラクターで人生を過ごしているほうが幸福度が高く、キャリアの満足度も高いことがわかっています。
仕事でもプライベートでも、一人の人がいろいろな役割を持っているわけですから、自分の中に複数のペルソナが存在することは不誠実でも、不自然でもないと思います。むしろ、そういうファジーな部分を含めて自分という存在を認め、全体をトータルでマネジメントする発想があっていいはずです。
KPMGコンサルティングは、“Lifelong learning(生涯学習)”を推奨し、グローバル共通の学習プラットフォームで自発的に学習し続けることを後押しするほか、国内外のオンライン/オンサイト研修を提供し、個々人が自主的に成長機会をつくっていく文化や制度(※)があるそうですね。
私も2023年にみずから手を挙げて、タイで開かれたサイバーブートキャンプ(Cyber Bootcamp)に参加しました。アジア南太平洋地域のKPMGのメンバーファームから、サイバーセキュリティに関わっているメンバーが集まり、知見を共有したり、ネットワーキングしたりすることが目的のイベントでした。
17の国・地域から約70人が集まって、3日間英語で議論し、交流を深めたのですが、あらためてKPMGがグローバルな組織であることを実感できましたし、各国・地域のサイバーセキュリティ事情を知ることができ、とても刺激的でした。もっとグローバルな連携を深めて、価値の高いサービスをクライアントに提供していこうという意欲が湧きました。
みずからのキャリア形成に関して、日頃から心がけていることは何かありますか。
スキルや経験の掛け算で、自分の稀少価値を高めることです。もともとSEとしてITのスキルを身につけ、コンサルタントになってからサイバーセキュリティの知見を蓄えてきました。いまは、マネジャーとしてチームをマネジメントする力を磨いています。IT×サイバーセキュリティ×チームマネジメントと、掛け算できる要素が増えるほど稀少価値が高まります。
自分の稀少価値が高まれば、クライアントから「この仕事は川口さんに任せたい」と言っていただける機会が増えると思いますし、そういうふうにバイネーム(個人名)で声をかけていただいた時に、私はこの仕事に一番のやりがいを感じます。
簡単にロールモデルが見つからない中で、いまの若者は自分でキャリアをデザインしなければなりません。情報化社会ですから、キャリアに関して誰もが多くの情報を持っているのですが、成長するには川口さんのようにみずから行動することが大事です。
行動する癖がついていない人に私が勧めているのは、小さな一歩を踏み出す「スモールステップ」を実践することです。
たとえば、自分のやりたいことをアウトプットして、周りの人たちの反応を見てみる。面白い、価値があると思ってくれれば、応援してくれる人や同じ道を志す仲間が増えるかもしれません。目的を持って探ってみたり、試しに何かをやってみたりするのもいいでしょう。川口さんがサイバーブートキャンプに参加されたのが、そのいい例です。
情報化社会だからこそ、そのように実際に動いて手に入れた体験の価値が高まっているのです。
そして、大事なのは体験したことを振り返り、意味付けすることです。自分の体験にどんな価値があるのか、キャリアを形成するうえでの意味を探り、言語化するステップです。これをしないと、自分の価値を表現できず、誰かに伝えることもできません。
一人で内省して意味付けするのはかなり難しいので、私は自己開示のキャッチボールをお勧めしています。関係資産を築いた人に自分の体験や悩み、疑問などを投げかけて相手の意見を聞いてみる。それに対して自分の考えを述べる。これを繰り返しているうちに、自分の頭の中を整理できたり、新たな気づきを得られたりするはずです。
私も周りの人たちからフィードバックをもらって、気づいたことがたくさんあります。振り返って言語化するのはとても大事ですね。
私たちは一つのプロジェクトが終わると、1 on 1での振り返りを必ず行うのですが、いまはマネジャーとしてメンバーにフィードバックを与える立場にあります。メンバーの意味付けを支援するうえでのポイントは何かあるのでしょうか。
ポイントは相対化することです。3つの視点で相対化すると、意味付けがしやすいと思います。
1つ目は、時間軸での相対化です。たとえば、ある経験が次の仕事で役立たなかったとしても、5年後、10年後にとても役に立つことがあります。長い目でキャリア形成を考え、バックキャストする視点を持つことです。
2つ目は、マーケット軸での相対化。自分の経験や知識、その蓄積による専門性が、マーケットにおいてどれだけのバリューがあるかという視点です。たとえば、自分の会社だけで役に立つ専門性をどれだけ深めても、マーケットでは価値を認められません。
3つ目は、私は半径5mの相対化と言っているのですが、友人・知人や同期、同世代の中でユニークな経験なのかどうかということです。
私はいま、自分のキャリア形成よりもメンバーがどう成長して、チームとしてのパフォーマンスをいかに上げていくかに関心の比重が移っているので、古屋さんから伺った3つの視点はとても参考になります。
若者は、キツすぎる仕事だけでなく、緩すぎる職場にも不安を感じる傾向が強くなっています。仕事が緩すぎると、このままでは成長できないと思い、キャリア安全性に不安を感じるのです。
マネジャーや上司は、自己開示のキャッチボールで若者がどう感じているかを率直に聞けばいいと思います。「本音を言いなさい」と指示しても、誰も本当のことは言いません。ですから、一投目はまずマネジャーから投げることです。「僕はいまのチームの仕事について、こう思っている」「マネジャーとして、こんなことに悩んでいる」などと、自己開示するのです。それによって、相手の心理的安全性が高まり、率直な気持ちを語ってくれると思います。
対面でもリモートでも、意図的にカジュアルな対話の機会をつくってキャッチボールし、メンバー一人ひとりが発揮する価値を最大化するサポートをしていきたいと思います。
それは素晴らしいことです。これからの日本は、人口動態に起因して人手不足が深刻化します。ですから、若手人材は日本共通の貴重な宝です。
私は「ハイパーメンバーシップ型組織」を提唱しているのですが、これからの企業は人材を正社員として抱え込むだけでなく、多くの人たちとの関係資産を活かすことで持続可能性が高まると考えています。
副業・兼業で仕事に関わっている人、会社を卒業したアルムナイ、インターンとして働いたことがある人などを関係社員と捉えて、継続的に関係を維持し、新たなプロジェクトを立ち上げた時などに参加してもらうのです。関係資産を築いている人であれば、労働市場で一から探すより早いですし、プロジェクトへの貢献度も高いと思います。そして、共通の宝である人材がいろいろな会社で活躍してくれれば、日本全体の生産性が上がるはずです。
※KPMGコンサルティングでは、自主的な成長機会として、社員がみずから研修の目的と効果を立案し、海外での研修を企画する「セルフ企画型海外短期研修プログラム」など、多様な学習機会を提供している。また2021年より、アルムナイコミュニティを立ち上げ、卒業生同士や在籍社員との情報交換やコラボレーションを行える場づくりを目指している。